<今日の一枚と一句>「その59(2026.06.07~06.26)」



【 六月や 前田の殿が 城入りぬ 】(ろくがつや まえだのとのが しろいりぬ)
金沢城は、1583年(天正11年)に初代の前田利家公が入城されたことを祝し、毎年6月に「金沢百万石まつり」が開催されており、今年で75回目となりました。
爽やかに晴れ渡った青空に恵まれて、この行列を観る観客数は42万人。沿道を埋め尽くして時代絵巻を堪能した一日でした。
前田利家公役の大東駿介さん、お松の方役の菅井友香さんが演じた役は、現在放映中のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」に同名の役で出演中と言うこともあり、特に今回の祭り全体を盛り上げた感があります。
今日は祭りの最終日となりますが、市内では「百万石茶会」などの催し物もあることから、まだまだ楽しめそうですね。
※「城入りぬ」: 「城に入った」(その動作が完了した)古典文法の 完了の助動詞「ぬ」を使った表現
《2026.06.06撮影・投稿》

【 祭りゆく 少女が手には 花菖蒲 】(まつりゆく しょうじょがてには はなあやめ)
金沢百万石祭りの行列に、着物姿に花笠を冠った姿が可愛く、ひときわ目立つ少女集団がいました。
腰元役の様ですが、手には花菖蒲(はなあやめ)をもって、ゆっくりと左右に揺らしながらの行進・・とても可愛い姿と仕草に観客から大きな拍手が送られていました。
大人の腰元役も並行歩行で花を添えていましたが、小学校2~3年生くらいの少女が時折見せるスマイルには負けていたかも・・・・。
手に持つた「花菖蒲」は造花ではなく本物の花??よくぞここまで徹底しての「こだわり」に、ただただ関心しきり・・・。今日でお祭りが最終日となりましたが、また来年の「織りなすドラマ」に期待したいと思います。
※1「花菖蒲」: 「はなあやめ」は背が高くて大きく咲く花を楽しむが「「あやめ」は香りや薬効に使用する違いがある
※2「百万石まつり」: 先に投稿の文参照
《2026.06.06撮影・06.07投稿》


【 枡形や 蛍見に出て 二度潜る 】(ますがたや ほたるみにでて にどくぐる)
金沢城石川門は「搦手門=裏門」で「枡形門」(戦術上に使われる型)の形をしています。
この近くにある「白鳥路」は、かつてお堀でしたが、今は多くの彫刻作品が並ぶ散策路の一つとして整備され清らかな小川も流れて近くのホテル宿泊者には夕涼みがてらに格好の場所かと・・・。
初夏の季節には「ホタル観賞会」などが催され、多くの市民が参加する恒例の年間行事となっています。
この写真を撮影した日は「百万石まつり」の初日午前中で、普段より人通りが多くシャッターチャンスを待ち続けて撮ることが出来た一枚です。
北陸地方はまだ「梅雨入り」にはなっていませんので、蒸し暑さはありませんが、少し気温が下がった一日でした。
※1「枡形」: 先に投稿の文参照
※2「搦手門」: 大手門(正門)の反対、裏門のこと
《2026.06.06撮影・06.08投稿》
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【 兼六に 虫も吟味の 関所かな 】(けんろくに むしもぎんみの せきしょかな)
兼六園には7か所の関所(入出園口)があります。季節や時間帯によって異なりますが、最も多くの人が利用されるのは「桂坂口」か「真弓坂口」です。
時には長い行列が出来て、なかなか入場券が買えるまで時間を要することがあります。
今の季節、夕方5時ごろはまだまだ陽も高いですが、少し暗くなり始める頃の時間帯には小さな虫達や蚊の出勤時間帯となります。
順番待ちをしている間に「虫刺され」という目にあった経験のあるご仁もいるかと・・・・。
ちなみに、写真の「桂坂口」は比較的空いるイメージかあることから、時折利用しております。
「金沢百万石まつり」も終わり、今日は入園者数が平常に戻ったかと・・・・。
※「関所」: 「(入園)料金所」の意
《2026.06.08撮影・06.09投稿》
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【 単衣人 鯉のひと跳ね 大手掘 】(ひとえびと こいのひとはね おおてぼり)
金沢城の正門「大手門」脇には「大手掘」が今も残っていて、大木が鬱蒼と茂り強い陽射しを遮ってくれています。
堀には「鯉」放たれていて、人が近づくとその都度こちらに寄ってきます。
「レンタル着物」の衣替えか?「単衣もの」が増えてきたように感じます。日中滞の陽射しが強烈な時でも朝夕の散歩コースとしてはお薦めです。
金沢城をひと回りする「ぶらり散歩」からの帰り道、若いペアが着物スタイルで堀縁を歩いていると、魚が飛び跳ね水面に落ちる音に反応した驚きの声が・・・。
ゆったり、まったりとした時間を過ごせて満足のいく一日となりました。
※1「単衣人」: 「単衣(ひとえ)」の着物をまとった人の意
※2「大手門」「大手掘」: 先に投稿の文参照
《2026.06.10撮影・投稿》
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【 河北門 平士登城や 夏袴 】(かほくもん へいしとじょうや なつばかま)
金沢城の「河北門」は、大手門跡から新丸広場を通り城内の中枢に入る重要な門の一つです。
今日は陽射しが強く気温も上がった一日となりました。城周辺からこの門までの坂道を上るるとか、相当の急勾配であり、相当の汗をかくことに・・・。
夏場に登城する侍たちの袴、この時期にはそろそろ夏仕様に変わっていたのだろうか?と。ふとそんな思いが・・・。
河北門の右側石垣が少し黒ずみ始めていて気になりましたが・・・梅雨の時期になると洗い流されて、また綺麗な石が蘇るのかな~と期待しています。
※1「河北門」: 先に投稿の文参照
※2「平士」: 加賀藩では中級武士(400石~500石辺りの石高?)
《2026.06.11撮影・投稿》


【 金鯱や 加賀侍に 梅雨休み 】(きんしゃちや かがざむらいに つゆやすみ)
加賀百万石「前田利家公」出生地(名古屋市中川区荒子)と名古屋城本丸御殿を巡るバスツアーに出かけてきました。
金沢駅からお城好きの人達50名ほどの団体(加賀侍)が、早朝6時半に集合して、金沢駅に戻ったのが夜の7時過ぎでした。
現地ガイドさんの丁寧な解説・ご案内に満足しながらのバス旅行を十分に楽しみました。東海地方は既に入梅中で、お天気の具合が気になっていましたが、真夏日となる暑さ・・・。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」人気の影響も手伝ってか、「本丸御殿」の入館者はすごい人で驚きました。戦国建築と物語に酔いしれたバスの旅でした。
※1「「金鯱」: 「金の鯱」=きんのしゃちほこ」名古屋城の天守に一対の「シャチホコ」が飾られています。
※2「梅雨休み」: 梅雨時期の晴れ間のこと
《2026.06.12撮影・06.14投稿》

【 手を添えて 多門橋かな 夏帽子 】(てをそえて たもんばしかな なつぼうし)
尾山神社から「玉泉院丸庭園」に向かうと、「鼠多門」を潜る必要があります。
架かる橋は「鼠多門橋」と称し、明治17年(1884)に焼失しましたが、令和2年7月に復元・架橋されました。
訪ねた時は太陽が出て少し風があったので、被っている帽子が飛ばされないよう手で押さえて通り抜けました。
金沢城内にある壁は「しろ」を基調とした色合いの「海鼠壁=なまこかべ」ですが、この「鼠多門」の壁は「黒漆喰=くろしっくい」を使った鼠色?となっていて、他の門とは異なる外観を観ることが出来ます。
再建された「鼠多門」に入るとまだ「木の香り」が残っていて「和む」感覚を覚えます。内部の見学は無料であり、ぜひ立ち寄ってみる価値のある建築物の一つとなっています。
写真右上の建屋は「三十間長屋」です。
※1「玉泉院丸庭園」「鼠多門」: 先に投稿の文参照
※2「鼠多門橋」: 明治期まで存在していたことが資料により判明している
《2026.06.13撮影・06.15投稿》
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【 紫陽花や 薪ノ丸へと 坂しるべ 】(あじさいや まきのまるへと さかしるべ)
金沢城の南西方向から登城するには、鼠多門を潜ってから少しの階段を登る方法がありましたが、現在は先の「能登半島地震」の影響で通行止めとなっています。
そのため、「いもり坂」(相当きつい坂)を登る必要があります。特に高齢者の方などには、途中休み休み「玉泉院丸庭園」を見下ろしながらの登坂をお薦めします。
しかし、「いもり坂」を少し登り始めると、今の季節には「紫陽花(額紫陽花)」が綺麗に咲いていて、「薪ノ丸」という登城口を示す案内板が設置されています。
もし「いもり坂」がきつい場合、この登城口は幅広の階段であることから、ゆっくりと登ることができて、時間の短縮を図ることが出来ます。
「三十間長屋」や「本丸跡」方向に行きたい場合はお薦めのルートです。
※「薪ノ丸」「いもり坂」: 先に投稿の文参照
《2026.06.15撮影・06.16投稿》
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【 夏目めくも 母衣を背負いて 傾奇者 】(なつめくも ほろをせおいて かぶきもの)
若いころから「傾奇者」と言われた「前田利家公」、幾多の戦いではそのシンガリを務める場面もあったことが史実として残っています。
「前田利家公」と正室「お松の方」が祀られている「尾山神社」の境内に、馬に跨った「赤母衣隊」姿の銅像が設置されています。
戦において、味方全体がが引き上げる時、その最後を守る・戦う役目のまチームが必要で、味方には「ここが最後の隊列」とわかるようにする必要性がある反面、敵から弓矢に狙われる危険があります。
そのため、身を守る防具?を着けることの必要性がありますが、危険性より味方を守る後方部隊の役割りを重んじて鮮やかな「赤」を用いた「母衣」の色だったようです。
それにしても凛々しいお姿の「利家公」、銅像をバックに記念撮影する観光客の姿も多くみられます。
※1「母衣」: 「ほろ」文中に説明の通り
※2「傾奇者」: 派手な服装や常識外れの振舞で世間の注目を集めた=歌舞伎の語源とか?
《2026.06.17撮影・投稿》
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【 風抜けて ビルの谷間の 人熟れ 】(かぜぬけて びるのたにまの ひといきれ)
JR金沢駅i降り立つと、日本海側で二番目に背の高いビル「金沢ポルテ=日航ホテル?」(地上130.5m 30階建て)と相向かい側にある全日空ホテルが強い陽射しを遮ってくれて、涼しい谷間風が吹いています。
その手前(金沢駅に最も近い)には「石川県立音楽堂」のビルも控えていて、 名実ともに駅前周辺の「オアシス感・おもてなしスペース」の雰囲気があって、心と身体を和ませてくれます。
ちなみに、日本海側で一番高いビルは新潟市の「万代島ビル」(140.5m 31階建て)で、階数が1階、10m程「ポルテ金沢」の高さを上回っています。
現在「都ホテル」の跡地に建設予定のビルがどの程度の高さ・階数になるのか・・・市民・県民が注目しているところです。
※ 「人熟れ」: 人が大勢集まることによって、体の熱や臭いでむんむんと暑苦しく感じる状態
《2026.06.18撮影・投稿》

【 出世地の 荒子は梅雨を 忘れたり 】(しゅっせちの あらこはつゆを わすれたり)
加賀百万石前田家の租「前田利家公」の出生地、名古屋市(中川区)荒子は既に梅雨入りして久しいが、訪ねた日(一週間前)は真夏を思わせるほど高い気温(真夏日)となった。
「荒子観音寺」は、天平元(729)年泰澄和尚が開基といわれ、境内に建つ「多宝塔」は、天文五(1536)年に再建された。
この塔は、名古屋市内で最古の木造建築物で、国の重要文化財となっている。
なお、荒子観音寺の本堂は、前田利家公が天正4(1576)年に再建したと伝わる。
ご当地の観光ボランティアガイドさんから詳細な説明を聞きながらゆっくり散歩、まるで梅雨を忘れたかのような快晴に恵まれて、爽やかな汗をかきながら時代を旅する時間でした。
※1「多宝塔」:寺院建築の仏塔のひとつ(主に真言宗系の寺院で多くみられる)
※2「出生地」: 前田利家公の出生地の意
《2026.06.12撮影・06.19投稿》

【 青芝を 映して澄める 水面かな 】(あおしばを うつしてすめる みなもかな)
玉泉院丸庭園の芝生が綺麗に揃い、池泉回遊式庭園の池に写る様は心を落ち着かせてくれます。
若芝の頃(薄い緑の色合い)、それはそれとして綺麗ですが、初夏の頃にしか見られない色あいの「青芝」の綺麗な色が水面に映ることで、より澄める(澄んだ)色にて魅せてくれます。
「三十間長屋」からの石垣に続き、「いもり坂」でひと段落、手入れの行き届いた斜面から松の木下の青芝・・・。
日本式庭園(玉泉院丸庭園)のなんとも表現しがたい風景、いまが見頃です。
※1「青芝」: 夏の季語
※2「踏める」: 単に「澄んでいる」という表現以上に(古語ならではの)深い趣がある言葉
《2026.06.19撮影・06.20投稿》

【 白鷺や 七福神に 詣でけり 】(しらさぎや しちふくじんに もうでけり)
今日の兼六園は強風が吹く一日となりましたが、日曜日の昼頃にはたくさんの観光客の入園風景が見られました。
兼六園内の「琴柱灯篭」から園内を進み、「七福神山」にさしかかると突然「サギ」が前の曲水に舞い降りて、しばらく周りを見渡してから静止状態に入り、観光客がスマホ・カメラを差し向けるといろんなポーズをとってくれました。
まるで飛び入りの人気スターかのように・・・。どんどん人が集まってきても動じず、10分以上は現地に留まり、その後どこかに飛び去りました。
園内を見回る関係者の方に訪ねると、不定期だが時々この辺りに降りてくる。特に珍しいことではないとのことでした。
定期的に「七福神」に詣でている行動なのかな~と思った次第です。
※1「七福神」: 「七福神山」(当時殿様のみが立ち入ることが出来た神聖な場所」とか
※2「サギ」: 夏の季語
《2026.06.21撮影・投稿》

2026年6月27日(金)から「その60」に移ります

