<今日の一枚と一句>「その57(2026.05.06~05.19)」

【 風薫る 門掛け松の 武家屋敷 】(かぜかおる もんかけまつの ぶけやしき)
金沢長町武家屋敷跡には「平士」(中級武士)の屋敷跡が今も多く残っています。
中でも「大屋家」(国の有形文化財に指定)では「門掛けの松」にデザインされた武家屋敷の門構えに、立夏も過ぎた爽やかな風と緑が映えます。
このGW中は全体的に雨模様でしたが、「こどもの日 」と今日はすっかり晴れて初夏の装いが感じられ、爽やかな緑としっかりとした造りの土塀が妙にマッチングしています。
この「大屋家」では、土塀を突き破ったかのような「松の木」、武士が好んだ「松」を大事に保ちながら、作事した様子が伺われて・・・・。
この時期、フォトスポットが沢山あって時間管理が大変!! 嬉しい悲鳴の毎日です。
※1「風薫る」: 立夏以降5月いっぱいを指す(初夏の季語)
※2「門掛けの松」: 先に投稿の文参照
《2026.05.06撮影・投稿》

【 犀川を 見下ろす座敷 聖母月 (さいがわを みおろすざしき せいぼづき)
金沢市内の南、犀川沿いに建つ「山錦桜」は、明治28年に創業の老舗料亭で伝統的な加賀料理のお店です。
この建物は、大正11年(1922年)に建てられた木造四階建てで、市の保存建築物に指定されています。
特徴は、複数の町家が融合し、増改築を繰り返しながら現在の姿になったとか。犀川を見下す位置にあることから、客席からは四季折々の川流れを楽しむことが出来ます。
なお、川側から見ると四階建てですが、正面(蛤坂側)から見ると三階建てに見える不思議な建物です。
伝統的な加賀料理以外にも城下町らしい料理の数々を味わう事が出来る「食のスポット」となっています。
※1「聖母月」: カトリック教会では5月を「聖母マリアの月」と定めた
※2「蛤坂」: 加賀藩前期には「妙慶寺坂」と称したが、享保18年の火災後、蛤が口を開いたような坂道となったことからこの名がついたとされる
《2026.05.07撮影・投稿》
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【 夏めきて 櫓の窓に 通し風 】(なつめきて やぐらのまどに とおしかぜ)
金沢城「菱櫓」の堀向かいの桜の木は、すっかり緑の葉に覆われています。20℃を超えて「夏日」となる日もちらほら・・・・。
城内で唯一の有料ゾーンであるこの櫓、三階まで登ることができますが、外敵からの攻撃から守るために普段窓は閉じられていることも多かったはず。
この季節に吹く爽やかな風が、櫓の窓から入り通り抜けていく様は、真夏のそれとは異なり、より気持ち良さそうに思えて心が和みます。
「二の丸御殿」の再建工事計画も着々と進められていて、時折作業に伴う音が聞こえてきます。
※1「櫓の窓」: 菱櫓に備えられた各階の窓の意
※2「二の丸御殿の再建」: 先に投稿の文参照
《2026.05.07撮影・05.08投稿》

【 若葉晴れ 本丸前の 一休み 】(わかばばれ ほんまるまえの ひとやすみ)
金沢城「三十間長屋」の前には少し広い場所があり、長いベンチ(腰掛け?)が置かれています。
本丸までは目と鼻の先まで来ているのですが、海外からの観光客数名が疲れたのか、はたまた時間調整なのか、寝転がったり談笑したり寛ぐ様子が・・・・・。
背後には、鬱蒼と茂る木々の緑がとても綺麗です。
ちなみに、本丸のあった場所には、これを示す「立札」が建てられていますが、特に目を引くようなものはなく、また、見晴らす場所も木や草に覆われていて、立ち入る場所は見当たりません。
本丸跡に向かう前には「鉄門」の説明書き立札や「戌亥櫓跡」の説明板がありますので、高台からの展望・見晴らしを楽しむことをお薦めします。
※1「若葉晴れ」: 若葉の頃の晴れた様子(季語:夏)
※2「三十間長屋」「鉄門」: 先に投稿の文参照
※3「戌亥櫓跡」: 本丸の北西角(戌亥の方角にあZq二層の櫓跡(火災消失のち再建はしていない
《2026.05.09撮影・投稿》
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【 兼六や 鶺鴒島の 五月晴れ 】(けんろくや せきれいじまの さつきばれ)
兼六園にある「鶺鴒島=せきれいじま」は、前田家が子々孫々栄えることを願うための神聖な場所(島)とされています。
人の世の三儀式「誕生」「結婚」「死」を「陰陽石」、「相生の松」、「五重の塔」で表したと伝わります。
島の名「鶺鴒=セキレイ(鳥)は、イザナミ、イザナギの尊に、男女和合の方法を鶺「鴒=セキレイ」から教わったという故事から、この名が付けらたとか・・・。
島の正面には「三社」と書かれた石額が懸った鳥居があって、他の大名庭園では類をみないとの解説がなされています。
今の時期、五月晴れに恵まれた空の青さと爽やかな風が吹く名園、訪れる観光客もひと段落した今の時期が兼六園内のあれこれを堪能するにはお薦めです。
※1「兼六」: 特別名勝兼六園のこと
※2「鶺鴒」: 文中説明の通り
《2026.05.10撮影・投稿》
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【 煉瓦舎に 風に揺れたる 菖蒲かな 】(れんがしゃに かぜにゆれたる あやめかな)
金沢市役所の斜め向かいには「旧制第四高等学校」のレンガ建築が今に残り、「石川四高記念文化交流館」などとして活用されており、当時の「学都」金沢のシンボル的な建築物として親しまれています。
良い天気に恵まれた金沢市内、空の青さと、煉瓦色に菖蒲(ドイツ菖蒲)が時折吹く優しい風に揺れています。
ちなみに、この建物は明治22年建てられたもので、当時国立の「旧制高等学校」は、
第一 東京(後に東京大学)、第二 東北(後に東北大学)、第三 京都(後に京都大学)、第四 金沢(後に金沢大学)、第五 熊本(後に熊本大学)、第六 岡山(後に岡山大学)、第七 鹿児島(後に鹿児島大学)、第八 名古屋(後に名古屋大学)の八校がありました。
※1「煉瓦舎」: 「旧制第四高等学校」のこと
※2「ドイツ菖蒲」: 「ジャーマンアイリス」「虹の花」とも
《2026.05.11撮影・投稿》


【 枡形や 風なき門に 夏兆す 】(ますがたや かぜなきもんに なつきざす)
金沢城石川門は「枡形」を採用した門(搦手門=裏門)です。敵が一の門を破ってなだれ込むと、簡単には撃破出来ない堅牢な門「二の門」が控えます。
これを破るために、次々と沢山の兵が入り込んでくることになりますが、「袋のネズミ」よろしく、迎え撃つ城内の兵が一網打尽の攻撃を開始することに・・・。
「金沢城総合案内所」側から「石川門」を眺めると、太陽光に照らされて眩いばかり・・・試しに門内に立ち入ってみると、そこは既に「真夏」の感じでした。。
鬱陶しい梅雨の時期がなければ、季節は既に「夏」を迎えた「金沢城公園」でした。
※1「枡形(門)」: 城郭や街道筋に設けられた戦略上の形(上から見ると升」の形をしている
※2「夏兆す」: 「夏の様相」が感じられる頃のこと
《2026.05.12撮影・投稿》

【 若葉晴れ 屋敷お庭の 取水口 】
金沢長町武家屋敷跡には長く続く土塀と、用水(大野庄用水)がとてもマッチしていて、この季節は水量も多く、流れる速さが怖い位です。
それぞれの武家の屋敷にあるお庭にこの用水水を取り入れて、単に回遊させるためだけに設置された「取水口」と「排水口」が設けられています。
このシステム、純粋に屋敷内を回遊するためだけの水で、野菜などを洗うことは許されなかったとか・・・。(次の屋敷に入る水が「濁り水」となるなど)
よく晴れた午前中、ゆっくり散歩の人達を沢山お見掛けしました。
※1「若葉晴れ」: みずみずしい初夏の頃の若葉の様
※2「大野庄用水」: 先に投稿文参照
《2026.05.13撮影・投稿》

【 心地よき 城の堀跡 青葉風 】(ここちよき しろのほりあと あおばかぜ)
金沢城石川門から兼六園までの間には、かつて「百間掘り」という金沢城の外堀がありました。
「廃藩置県」以降、車社会の到来に備え、お堀の水を抜き道路として整備され現在に至ります。
普段は車の往来が多いところですが、各種イベント開催時(「百万石祭り」や「金沢マラソン」など)には、車の通行が制限されます。
今日の午後、たまたま通りかかった「石川橋」の上から道路を見下すと、(信号のタイミングなのか?)一台の車も走行していない場面に出くわしたので「パチリ!!」ました。
今の時期に吹く風は爽やかで・・・。身も心も清々しい気分にさせてくれます。
※1「百閒掘り」: 先に投稿の文参照
※2「百万石祭り」「金沢マラソン」: 先に投稿の文と関連HPで確認してください
※3「青葉風」: 「青葉の季節」に吹く爽やかな風(季語*初夏)
《2026.05.14撮影・投稿》

【 青桐や 鏡花摸す風 香に満つ 】(あおぎりや きょうかもすかぜ こうにみつ)
明治時代の「金沢三文豪」の一人「泉鏡花」の記念館に足を運びました。爽やかな五月の空と柔らかな風が出迎えてくれました。
地元中学生の課外授業なのか、元気な声がこだましています。(かつてこの館に隣接するビルには、加賀藩御用達の和菓子本店「森八」がありました。(今は移転しています)
この辺りには「蓄音機館」や「「暗がり坂」などの観光スポットが多く点在しており、散策する観光客も多いところです。
この清々しく心地よい雰囲気を「泉鏡花」なら如何様に(文字)表現したであろうか・・・・と、ふと思った次第です。
※1「青桐」: 初夏に緑の大きな葉が茂る
※2「摸す風」: 幻想的世界観の鏡花ならどのように表現するのかと
※3「香に満つ」: 香りが漂い心までも満たす静寂の瞬間の意
《2026.05.15撮影・投稿》

【 芍薬に たとえてみたり 主計町 】(しゃくやくに たとえてみたり かずえまち)
金沢三茶屋街のひとつ「主計町=かずえまち」は他の茶屋街とは異なり、茶屋の前の道(通路?)がとても狭くて行き交う人と「袖すり合う」と言った感じです。・・・・。
雲一つない青空となった土曜日、GWが過ぎた今の時期は例年少し落ち着きが出る(少なくなる)頃ですが、欧米系観光客の多さに圧倒されるほどの賑わいをみせていました。
いろんな角度からの写真撮影を試みましたが、なにせ画角内に人を入れない絵にこだわってみた結果がこの一枚です。
ほんの一瞬のシャッターチャンスはなかなか確保することが出来ませんでしたが、「待てば海路の・・・」的にようやくゲット出来ました。
人混みに混ざって「芸妓」さんの歩く姿を拝見することもありますが、着物の「着こなし」と歩む歩幅と「裾裁き」は、レンタル着物姿で歩く観光客のそれとは・・・・。
撮影スタイルにこだわらず、時間に余裕をもって「ゆっくり・のんびりした散策」をお薦めします。
※1「芍薬」: 「シャクヤク」は大きな白い花をつける(季語:初夏)
※2「主計町」: 先に投稿の文参照
《2026.05.16撮影・投稿》
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【 万緑に 昼なお暗き 坂のあり 】(ばんりょくに ひるなおくらき さかのあり)
金沢市の茶屋街のひとつ「主計町」に至るには、「久保市乙剣宮」の境内右横にある「暗がり坂」を降りていく方法が近道となります。
昔の旦那衆は人目を避けながら、いそいそとこの坂道を降りて花街へと足を運んだことでしょう・・。
直ぐ近くには「あかり坂」という坂(作家の五木寛之氏が名付けた坂)も存在することから、人気の観光スポットとして訪れる人も多くなりました。
万緑の清々しい天候の中、「暗がり坂」を下り「あかり坂」で大通りに出るルートをゆっくりとした散歩を楽しんできました。
※1「万緑」: 草木が一斉に目に染みるばかりの緑になる様
※2「あかり坂」: 五木寛之氏が地元の依頼を受けて命名した詞を刻んだ標柱があり
《2026.05.16撮影・05.17投稿》
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【 夏鴨や 三味の音色に 川遊び 】(なつかもや しゃみのねいろに かわあそび)
真夏日に近い気温となった金沢、「主計町茶屋街」の脇を流れる川「浅野川」に数羽の鴨が潜ったり泳いだりと「川遊び」・・・羨ましくて、とても涼しそうに見えます。
川岸(護岸)の傍に人力車が動きを停めて、引き手が近くの茶屋に入って行きました。この近くの茶屋にお客様をご案内でもしたのでしょうか・・・どこからか三味の音が心地よく響き流れてきました。
鴨たちの動きが、まるでこの音色に合わせたかのように・・・・初夏の頃の風景の一コマ、今年も見ることが出来ました。
※1「夏鴨」: 四季を通じて住みつく鴨や渡り残った鴨の意
※2「主計町」: 先の投稿文参照
《2028.05.18撮影・投稿》

【 南風 老舗館を 通り過ぐ 】(みなみかぜ しにせやかたを とおりすぐ)
今日の金沢は30℃を超えました。南風がいよいよやって来たという感じ・・・。
天気予報で概要予測はできていたものの、さすが五月中旬にこの暑さは早すぎる感があります。
外国人観光客のスタイルは、「ショートパンツ&タンクトップ」が主流ですが、日本人はまだそこまでの出で立ちは少なく感じました。
写真は「金沢市老舗記念館」で、建屋は江戸時代から続いた「薬種商:中屋薬舗」(薬屋)をここ長町に移築したものです。
町民文化史として残される数々の者が展示されていて、訪れる観光客も多い館です。
※1「南風」: 南から吹く暖かい風の意
※2「老舗舘」: ここでは「金沢市老舗記念館」のこと
※3「通り過ぐ」: 風が静かに通り抜けていく様子
《2026.05.19撮影・投稿》
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2026年5月20日(水)から「その58」に移ります

