<今日の一枚と一句>「その55(2026.04.08~04.21)」

【 山桜 便り届きし 大手門 】(ゆまざくら たよりとどきし おおてもん)

 金沢城の大手門から登城すると広大な「新丸広場」の先に河北門、その上に「菱櫓」が望めます。

 サクラも開花宣言から満開となり相当時間が過ぎましたが、奥卯辰など金沢城の向かいに位置する山々から「桜だより」が届いてくる頃となりました。

 今日は朝から晴れて、雲一つない青空が拡がっています。毎年撮影場所として定番となっている場所、桜の古木越しに見る金沢城の雄姿です・・・。

 特別気持ちの落ち着く風景を魅せてもらった今日の「ぶらり散歩」でした。


※1「山桜」: 花より先に葉が出る桜の一種。また山地に咲く桜のこと
※2「奥卯辰」: 「卯辰山」の後方に当たる場所全体
※「新丸広場」: 先に投稿の文参照


《2026.04.08撮影・投稿》




【 川流る 夕陽浴つつ 散る桜 】(かわながる ゆうひあびつつ ちるさくら)

 金沢市南部を流れる高橋川は、上流の「伏見川」から別れて流れる川ですが、その昔は「桜の名所」であって、この時期多くの人が訪れたとか・・・。

 近代的デザインの会社ビルのガラスには、まだまだ強い陽射の夕日が反射しています。川面を見ると所々の澱みに散った桜の花びらが集まっていて、そろそろ桜も終盤を迎えたということなのかなという感がします。

 毎年ここを撮影スポットとしていますが、ご近所の人は別として団体とまではいかないまでも、時折ビニールシートを敷いて「花見ランチ?」を楽しんでいるかのようなグループを見かけます。

 散っていく桜を観ると少し寂しさを感じるものですが、これだけ強い光を放つ夕陽を浴びながら散っていく花に、寂しいとか悲しいとかの感情表現は当たらないのではないかと・・・・。


※「高橋川」「伏見川」: 先に投稿の文参照


《202604.8撮影・04.09投稿》




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【 何重かな 社殿つほみの 菊桜 】(いくえかな しゃでんつぼみの きくざくら)

 尾山神社は前田利家公とお松の方を祀る神社で、金沢市民が初詣に出かける神社の中で一番の人出を記録する社です。

 この境内にある「菊桜」が、いまやっと蕾が膨らみ始めました。

 「菊桜」は、江戸時代後期に京都御所から前田家に下賜されたと伝わり、国の天然記念物に指定されていました。

 「兼六園菊桜」としても著名なこの桜、昭和45年に枯死しましたが、「接ぎ木」による桜木をこのお社に寄贈されて今日に至ります。

 この菊桜は、「三百枚を優に超える花弁がつく」「開花から落花まで三回色を変える」ことが特徴で、訪れる毎に違った花色が楽しめるとか・・・。

 ちなみに「花期は四月の月末頃に満開、五月の中旬までの間残花が楽しめる」と「由来書き立て札」に記載されていました。


※1「何重かな」: 約300枚の花弁が重なるとか
※2「社殿」: ここでは「尾山神社」のこと
※3「兼六園菊桜」: 先に投稿の文参照



《2026.04.10撮影・投稿》




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【 鬼瓦 覗き見ておる 枝垂れかな 】(おにがわら のぞきみておる しだれかな)

 金沢市内中心地にある町屋の庭に、「枝垂桜」がとても綺麗に咲いています。建屋の大屋根の上に設けられた「明り取り」の横にある「鬼瓦」が下を向いて花を愛でるかのように思えました。

 外壁には「焼杉板」が貼られていて、古くから用いられている工法・材料「下見板」との色合いがとても魅力的です。

 今日の金沢は少し風が強かったがとてもよく晴れて、「金沢城」~「近江町市場」辺りの人出はとても多く感じました。

 武家屋敷によくある「鬼瓦」とは少し異なっていて、あまり見かけない形をしています。持ち前の好奇心から、少し掘り下げて調べてみたくなりました。

 とても気持ちの良い「ぶらり散歩」の一日でした。


※1「鬼瓦」: 日本の伝統建築のひとつで屋根の端などに「鬼の顔」をかたどった「装飾瓦」のこと
※2「焼杉板」「下見板」: 文中説明のとおり


《2026.04.11撮影・投稿》




 

 

【 鶴丸や 鎖ほぐれて 春目覚む 】(つるまるや くさりほぐれて はるめざむ)

 金沢城内に今も残る「鶴丸倉庫(土蔵)」は、国指定の重要文化財ですが、2024年1月元日に発生した「能登半島地震」、金沢では震度5強を記録しました。

 この日からは、安全確認と相当部分の修繕を施し、2年4カ月経った今年の4月から、ようやく入場制限が解かれました。

 この倉庫は、江戸時代に建てられたもので、「廃藩置県」後には明治政府の陸軍が使用し、後に、金沢大学の施設としても使用されていたものです。

 全国の城内に残る土蔵としては、国内最大級の規模とのことです。また、倉庫内部には藩政期時代や明治時代の落書き?と思われる墨書きの文字などが今も残っています。

 本日訪れた時、扉前の「進入を制限する鎖」と扉がちょうど「ピースマーク」の様に見えて、開館した喜びの(表現)絵に見えてきました。


※1「鶴丸」: 文中説明の倉庫のこと
※2「鎖ほぐれて」: 「閉館の鎖(柵)」が外される喜びの意


《2026.04.12撮影・投稿》




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【 桜蕊 鉛瓦を 超えて舞い 】(さくらしべ なまりがわらを こえてまい)

 金沢城の五十間長屋の西側には「二の丸御殿」の再建工事が進められています。完成を待ち望むかのように「菱櫓」「五十間長屋」「同続門」「橋爪門」が並んで見えます。

 この櫓を南方向から撮影しようとすると、この辺りがベストかと思って「パシャリ!!」ました。

 「二の丸御殿」の再建工事のための建物があり、画像的には仕方がないのですが、どうも納得がいかない絵となりました。

 写真手前の「橋爪門」には「番所」が設けられていて、通行人を厳しく監視したことが立札書きに記されていました。

 時に強く吹く風に「桜蕊降る」状況が見られる中、当の桜の花は屋根瓦より高く舞い上がって、やがてひらひらと舞い落ちていました。

 この時期にしか見られない光景です・・・・。


※1「桜蕊」: 「さくらしべ」とは花びらが散った後に残る(赤い)芯のこと(やがて散る)
※2「鉛瓦」: 金沢城の屋根の特徴のひとつ(先に投稿の文参照)
※3「各種櫓」: それぞれ先に投稿済みにて参照のこと


《2026.04.13撮影・投稿》




 

【 鶯や 雅楽の庭に 声たどる 】(うぐいすや ががくのにわに こえたどる)

前田利家公とお松の方を祀る「尾山神社」の庭園は、前田家が築いた最後の庭園で、江戸末期から神社の創立までの間に作庭されたとか。

 「池泉回遊式庭園」の造形には、「雅楽の楽器」を模った「中島」などを結ぶ橋が架かり、これらを巡ることが出来ます。

 特に海外から訪れた観光客の方達の撮影スポットの一つとして人気があります。

 この社の南側には大木が生い茂り、多種の鳥たちの憩いの場ともなっていて、時には珍しい野鳥の姿や鳴き声が聞こえてきます。

 まだ鳴き方が整っていない鶯が、しきりに発声練習?しているようで、陳腐なリズムが聞こえてきました。

 季節の変化がゆっくりゆっくりと流れていく様子が感じとられる午前中の「ぶらり散歩」でした。


※1「尾山神社」: 先に投稿の文参照
※2「声たどる」: 未完成の声の揺らぎと、雅楽の旋律を探すような気配の意


《2026.04.14撮影・投稿》





【 青空に 飛行機雲や 紫蓮花 】(あおぞらに ひこうきぐもや しもくれん)

 青空の下で木蓮の花が咲いていますが、強い風に煽られたか?少し元気がない様子・・・。しばらく眺めていると上空を真っ直ぐ切り開くような飛行機雲が進んできました。

 木蓮の花を励ますかのように一直線の雲を従って「(元気を出す)注射器」のような動きでこの花に挿さりました。

 時々このエリア上空の高いところを進路とする飛行機が通過しますが、空が快晴・青空の時に出会うことはタイミング的になかなか叶いません。

 ちょうど晴れて周りに雲一つない状況の中、シャッターチャンスに恵まれた次第です。

 この後、「雨雲接近」との知らせがスマホから届きました。まさにこの一瞬に恵まれた今日、何か良いことが訪れますように・・・・。


※「紫木蓮」: 3月~4月にかけて咲く花「紫色」のため「紫木蓮=しもくれん」と呼ぶ


《2026.04.15撮影・投稿》




【 門開き 満天星躑躅 咲き初むる 】(もんひらき どうだんつつじ さきそむる)

 金沢市内大手町にある「寺島蔵人邸=てらしまくらんどてい」は、金沢城大手門跡から少し離れた(200~300m)場所にあります。

 江戸時代の中級武士の「家屋、土蔵、土塀、庭園」など武家屋敷の様子を今に伝えるとして市の「文化財史跡」となっています。

 この種は古来より「有毒」とされていましたが、現在では「単なる迷信」であり「無毒」と結論づけられているとか……..。

 悪者(有毒)扱いをされてきた「ドウダンツツジ」も晴れて満天の花の輝きを誇らしげにみせてくれそうですね。

 ちなみに17日(金)には雅楽の演奏会(午後2回)、24日(金)25日(土)には夕方6時頃からライトアップされるとのことです。楽しみです~。


※1「満天星躑躅」:花を「満天」に喩えた和製の(漢字)表記
※2「咲き初むる」: 「さきほむる」は「初めて~する」「~し始める」の意


《2026.04.16撮影・投稿》





 

【 木端葺きの 屋根を繕ふ 木の芽風 】(こばぶきの やねをつくろふ このめかぜ)

 長町武家屋敷跡に爽やかな風が吹いてます。冬の厳しい積雪・防風にも耐えた「木端葺き屋根」や土塀を優しく繕うかのように・・・。

 土塀の向こう側には「大野庄用水」が流れ、この時期の水量はいつもより多く、勢いよく流れています。

 土塀の内側に植えてある数々の草木は春の芽生えがどんどん進み、蕾から花開くまでに季節が変化してきました。

 この時期の景色の移り変わりを楽しむには、ゆっくりと巡る「ぶらり散歩」がお薦めです。


※1「木端葺き屋根」: 瓦の代替として木の板を使った屋根
※2「木の芽風」: 春に木々の芽吹きを促すように吹く柔らかな風 の意


《2026.04.17撮影・投稿》




 

【 本丸を 抜けて長屋の 春の草 】(ほんまるを ぬけてながやの はるのくさ)

 金沢城の「本丸跡」に登ると城内と東に広がる山々と城下町金沢の情景を眺めることが出来ます。

 ここで一休みした後、玉泉院丸庭園に立ち寄ろうとして緩やかな坂を下ると、国の重要文化財「三十間長屋」が目の前に現れます。

 ここで立ち止まりカメラを構えると「立札」があり、「鉄門」の由来などが書かれており、当時の様子を偲ぶことが出来ました。

 この日は日本人観光客数を圧倒的に上回る外国人観光客数・・・どこでこのルートを知ることが出来たのかと尋ねてみると、イタリア国籍の高齢夫婦が自国語版のガイドブックを指さしてくれました。

 若者はスマホなどから情報収集・取得しているようですが、この方の様にアナログ(印刷物)旅行雑誌片手に散策するのも楽しい思い出になると思った次第です。


※1「長屋」: 「三十間長屋」:先に投稿した関連文参照
※2「鉄門」: 「くろがねもん=寛永の大火以降二の丸から本丸に入る正門、鉄板を貼った扉が付けられたことからこの名が付いた」と記されている。


《2026.04.17撮影・04.18投稿》




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【 旅団跡 残る桜や 切手門 】(りょだんあと のこるさくらや きってもん)

 金沢城の北西方向には江戸時代から残る「切手門」と、その後方に「旧第六旅団司令部が今に残っています。

 この建物は、明治31年に当時の陸軍が建築したものが、現在も城管理にかかる会議室などに活用されています。

 ここを訪れた時、門の手前には「名残桜」が優しく吹いていた風に、にゆっくりと揺れていました。

 桜の季節も終わりの時を迎え、そろそろ「躑躅=ツツジ」の咲く頃となりました。時の移り変わりの早さを感じます。


※1「旅団跡」: 文中説明の通り。
※2「切手門」: 先に投稿の文参照
※3「名残桜」: 満開の時を過ぎ散り際にある桜、又は散り残った桜の意



《2026.04.18撮影・04.19投稿》




【 古寺の 由緒書き読む 百閒忌 】(ふるでらの ゆいしょがきよむ ひゃくけんき)

 金沢市野町にある「因徳寺」さんは、真宗大谷派に属し開山は慶長12年(1607年)、寺地は前田利長公から賜わったとされている。

 六本柱の山門、本堂と共に創建の年代に近い江戸初期の様式を残しており、本尊は一尺七寸の「阿弥陀仏像」、境内には「狂歌」で名をはせた「瀬波屋鶏馬」のお墓があります。と由緒書に記されていました。

 今日4月20日は小説家「内田百閒」の忌日であり「偶然の符合」がこの一句を詠むきっかけとなりました。

 ちなみに、この小説家の本名は「内田榮造」(岡山県生まれ)、夏目漱石の門下生で、代表作には「冥途」「百鬼園随筆」など「随筆家」でもあり著書も多い。(1971年4月2日没)


※1「百閒忌」: 文中記載のとおり
※2「狂歌」: 和歌・短歌と同じ五七五七七の三十一音から成るが、内容はまじめな叙情ではなく、風刺・諧謔・滑稽が中心(江戸中期から後期にかけて庶民の間で部位流行した)


《2026.04.20撮影・投稿》




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【 天守台 栄華しのばす 躑躅かな 】(てんしゅだい えいがしのばす つつじかな)

 金沢城の天守(天守閣)は、慶長7年(1602年)に落雷により焼失しその後再建されることはなく現在に至る。

 遡ること15、6年前、天正14年(1586年)に天守が造られたことは間違いないとされる。(東北の有力大名「南部家」の家臣が金沢城を訪ねた際、利家公から供応されたとの記録が残る)

 現在の「本丸跡」には特別な建物はないが、石川門など城内を一望できる高台に位置し、木製の大き机状のものがいくつか置かれていて、観光客数人が腰掛ていました。

 昨夜半から暴風雨が北陸上空を通過しており、咲きかけたツツジに少し傷みが見られたものの、朝から晴れた青空の下、柔らかな風に花枝が揺れていて・・・天守閣のあった時代の栄華をしばし偲ばせてもらいました。


※ 南部家家臣」: 「北 信愛=のぶちか」大阪城の豊臣秀吉を表敬訪問した後金沢城に立ち寄る


《2026.04.21撮影・投稿》



2026年4月22日(水)から「その56」に移ります