<今日の一枚と一句>「その46(2025.12.03~12.16)」

【 薦掛けや 残す三日の 寒さかな 】(こもかけや のこすみっかの さむさかな)

 毎年恒例の長町武家屋敷跡周辺の「薦掛け」作業が今週の土日、6日7日に行われます。多くの観光客が訪れ、カメラに収められることでしょう。

 「薦掛け」は冬季の間、雨や風雪から土塀の(土)壁を守るために設置するもので、長い土塀の続くこの界隈ではいつもと変わった風情を観ることが出来ます。

 写真は去年の同時期、「薦掛け」が済んだ様子を撮影したものですが、あと数日でこのような眺めが完成することになります。

 昨日までの気温、空模様とは打って変わって冷たい雨が降っていて、今晩からは更に気温が下がり、平地でも積雪があるとの予報ですが・・・。

 全く雪の降らない冬は除雪作業などがなくなりありがたいですが、兼六園や金沢城公園などに降る雪景色も見たいと思います。果たして今年の冬はいかがとなりますかね・・・・・。


※1「薦掛け」: 文中説明と先に投稿の文参照
※2「残す三日」: (薦掛けまで)残り三日の意


《2024.12月初旬撮影・2025.12.03投稿》

 

 

【 初雪や 降って落ち葉を 彩となす】(はつゆきや ふっておちばを あやとなす)

 今月3日夜、金沢に初雪が観測されました。平年より9日遅く去年より5日早いとか・・・。

 まだ本格的な「雪の季節」とはならないものの、それぞれの立場・分野で対策が講じられることでしょう。

 午後からの用向きで出かけることになり、久しぶりにバスを利用することにして、到着を待つこと数分、運行ダイヤの時間ピッタリに到着・乗車出来ました。(スマホアプリで時刻表やバスの運行状況・到着予測などが逐一確認できます。)

 通勤・退勤時間は別として、金沢市内のバスの運行ダイヤは、ほぼ掲示された時間通りに運行されていて、関係者の管理体制と維持管理に驚くと同時に頭が下がります。

 バス停の脇に植林の「銀杏の木」の落ち葉が多く溜まっていましたが、午後の時間帯でもあってか、もう既に積雪情報の様な雪はなく、逆に溶けた雪によって黄色い葉の色が濃く輝いていて、季節の移り変わりを楽しむことが出来ました。


※1「彩となす」: より綺麗になった様
※2「スマホアプリ」: 「のりまっし金沢」というアプリ、バスの接近情報も逐一確認できる



《2025.11.04撮影・投稿》




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【 六の花 ひらりと舞て 暮の茶屋 】(むつのはな ひらりとまいて くれのちゃや)

 今月3日が初雪で、4日も時折雪が舞う天気となった金沢市内、写真の左車線側に二台の車が見える辺りに「浅野川大橋」があります。

 橋の手前左側の川岸からは。金沢三茶屋街のひとつ「主計町」、橋を渡った右側から「ひがし茶屋」街となります。

 撮影時間は午後4時過ぎ、橋場町T字路交差点にある「金沢文芸館」の三階に位置する窓から撮影した風景です。

 そろそろ夕暮となる時間帯にひらひらと舞いながら降ってきた雪(六の花)が、情緒ある茶屋街へ誘うかのように・・・・。

 これから北陸の降雪も本格的になるであろう季節を迎えました。


※1「六の花」: 雪の結晶が六角形をしていることから「雪」の異名として用いられる
※2「浅野川大橋」: 先に投稿の文参照
※3「金沢三茶屋街」「金沢文芸館」: 先に投稿の文参照


《2025.12.04撮影・12.05投稿》






【 野放図や 三文豪と 冬薦り 】(のほうずや さんぶんごうと ふゆごもり)

 とても寒い一日となった4日、「金沢文芸館(金沢市尾張町1丁目)」に入館し、手あたり次第に沢山の本を手に取りました。

 三FのEV前には、写真の通り「室生犀星」「徳田秋声」を描いた人物画像、その反対側には「泉鏡花」を漫画チックデザイン?風に描かれたものが建っています。

 令和7年・第53回「泉鏡花文学賞」の受賞式が11月22日に行われました。受賞作品は「墳墓記」(高村薫さん)と「奇のくに風土記」(木内昇さん)二作品のお二人でした。

 3Fには同作品が展示されていて、(ゆっくりと)読むことが出来ます。今回は二作とも斜め読み・速読することとなりましたが、時間に余裕が出来た時に改めて読破したいと思います。

 この館には、三文豪の作品を始め、「鏡花文学賞」の選考委員に係る作品や受賞作品に触れることが出来ることはもちろん、五木寛之文庫(2F)もあって、それで入館料が100円、文学好きにはとても魅力的であり、特に寒い季節には暖かい場所にある読書空間は最高です。


※1「野放図」: 「(人を人とも思わない)図々しい態度」また、その様
※2「三文豪」: 文中記載のとおり
※3「冬籠り」: 冬の間(家など)建物に引きこもりがちになること


《2025.12.04撮影・12.06投稿》



 

【 窮月や 残る一葉の 風遊び 】(きゅうげつや のこるひとはの かざあそび)

 12月も初旬、木々の紅葉が終わりに近づきました。特に桜の葉の紅葉は比較的早くから色付き始めて、落葉が一足早くなると思っていました。

 金沢城の外郭に植林の桜の木、葉はすっかり落ちてしまったものと思っていましたが、見上げると、カーキ色の葉が一枚残っていて、吹く風にひらひら・・・・。

 時折青空が見える日となったものの、上空では強い風が吹いている様子・・・葉仲間のいなくなった一枚が上下左右に揺れて、まるで風と遊ぶ・・・かの様な動きをみせていました。

 ちなみに、桜の枝を伐ると切り口が治りにくいため、「枯れ」が入り易く木を弱らせる原因にもなるので、むやみに枝を伐ることをいさめるとか。(柿の木はこれと反対に実のなった先の枝は切った方が来季良く実がつくとか)


※1「窮月」: 12月の異名
※2「風遊び」: 吹く風に揺れる様子が「風を楽しんでいる」かのように思える意


《2025.12.07撮影・投稿》

 

 

【加賀の城 黒鉄黐が 実のあかし 】(かがのしろ くろがねもちが みのあかし)

 金沢城大手門外堀に「クロガネモチ=黒鉄黐(餅)」が真っ赤な実をつけています。

 この木はその名から「金持ちの縁起木」(苦労がなく金持ち)とも言われ、また、樹皮を使った民間薬的に使用(解毒、鎮痛、打撲傷、扁桃腺炎、風邪、止血等)効果があることで、重宝されてきました。

 加賀百万石のイメージ「富国=金持ちの藩」とその証しを「実の赤し=身の証」とかけて詠んでみました。

 いずれにしても、縁起の良いことから、庭木として植えられることが多く、赤い実をつける「千両」「万両」「南天」などと同様に、正月飾りなどに用いられるのでしょう・・・・。

 「城石垣」という無機質な景観の中、赤い実をつけた「黒鉄黐」が観光客を優しく迎えてくれています。


※1「加賀の城」: ここでは金沢城のこと
※2「黒鉄黐」: 文中せつめいのとおり
※3「民間薬的」: 漢方薬とは異なり、「何に良いのか」という部分が経験的に民の間に受け継がれたものという意味


《2025.12.07撮影・12.08投稿》





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【 朝霜や 微妙にずれて 地震かな 】(あさしもや びみょうにずれて じしんかな)

 8日に発災した東北から北海道にかけての地震、このエリアにお住いの方々には大変な驚きと心配、ご不便が多々あったと思います。

 先に発災の「能登半島地震」の復旧・復興がままならぬ時に、また国内に新たな大地震が発生したことについて、改めて驚いたこの日の朝でした。

 東の空から昇る陽は、何事もなかったかのような景色をみせてくれていましたが、この時期に見られるいつもの「朝霜」の位置が微妙にずれていました。(石川県は「震度1」でした)

 津波警報や注意報が発令されたエリアにお住いの方々にとっては、不安と寒さが・・・・。

 「能登半島地震」は、年が明けると(令和8年元日から)3年目に入ります。このHPを開設する端緒となった地震・・・被災された方々にとっては(毎年)元日の「おめでたムード」はこの先もずうっと(気持ち的に)感じることができないのかと・・・。

 今回の地震でお怪我等をされた方には心よりお見舞い申し上げますが、「不幸中の幸い」と申しますか、津波による(直接的な)被害がなかったことを喜んでいます。


※1「朝霜」: 朝方に降りている霜のこと
※2「能登半島地震」: 先の投稿文参照


《2025.12.08撮影・12.09投稿》






 

【 片時雨 虹を二重に 河北門 】(かたしぐれ にじもふたえに かほくもん)

 金沢城には「三御門」と言われる重要な「門」があり「お殿様を守る三銃士」とも称されています。

 「三御門」と言われているのは「石川門」「河北門」「橋爪門」ですが、その一つ「河北門」の辺りにから始まる「虹」、しかも「ダブルレインボー」(二重虹)が架かりました。 

 観光客の皆さんは大喜びで、一斉にカメラ撮影が始まり、ワイワイガヤガヤ・・・。
 自然現象なので、長く続く場合もありますが、大体はあっという間に消えてしまいます。

 スマホの付属カメラ撮影だったので濃淡の具合が実際目にした情景とは異なりますが、雰囲気を感じて頂けれは幸いです。


※1「片時雨」: 一方では時雨(しぐれ)が降りまた別の角度では晴れている様
※2「三御門(河北門)」: 先に投稿の文参照


《2025.12.10撮影・投稿》 




                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

【 冬の雨 色紙短冊 押競 】(ふゆのあめ しきしたんざく おしっくら)

 尾山神社から金沢城に入城するには、鼠多門を潜って「紅葉橋」を渡り「色紙短冊積石垣」を左手に見て設置された階段を昇る必要があります。(能登半島地震以降通行止め)

 現在は、この石垣を観るためには、「いもり坂」を登って途中に左に折れる階段を下るか、お城側からこの坂を下るという方法があります。

 経年変化等を考慮した当初からの「計画的工事」なのか、はたまた「能登半島地震」以降のゆがみ等を修復するための工事なのか分かりませんが、大掛かりな工事の仕掛けや作業が実施されており、立て看板もいつもの位置から移されていました。

 写真の下方に土色の石垣が露出していますが、もともとここには「滝つぼ」があった所で、普段は見ることの出来なかった所です。

 当該地震以前の写真と比較してみると、(気のせいか)「色紙」と「短冊」と称される石が、所々(隙間が出来て)の(離れた)幅が増えた様にも見えます。

 北陸独特の「冬の雨」、せめて「石垣の石」の表面だけでも優先して綺麗にしてくれると嬉しいですね。


※1「冬の雨」: 北陸で多くの場合「霙や雪」となって、「降雨」は珍しい
※2「色紙短冊」: ここでは「色紙短冊積石垣」のこと
※3「押競」: 「おしっくら」互いに押し合って遊ぶ遊戯「押し競まんじゅう」など


《2025.12.11撮影・投稿》




【 玉泉や 雪つり庭の 幾年ぞ 】(ぎょくせんや ゆきつりにわの いくとせぞ)

 金沢城公園の「玉泉院丸庭園」に恒例の「雪つり」が12月11日に施されました。

 この庭園が再建されたのは平成27年(2015年)で、もう10年の歳月が流れました。

 遡ること390年以上、寛永11年(1634年)に作庭が開始され、明治頃にはここを埋め立てて「露天馬場」や「厩」などに転用したり、「県体育館」が設置されたり・・・。

 庭園の中心となる地形は、発掘調査や古絵図等をもとに、紅葉橋から南側の半島や、池、島などの地割りを再現され現在の姿となりまた。

 2020年(令和2年)の12月に撮影した写真には「庭園木」も小さく、それに似合う「雪つり」のサイズが可愛く見えます。

 このようにして、これからもこの庭の景観が少しずつ変化していくことでしょう・・・。
 訪れる機会がありましたら、現在の姿と見比べてくださいね。


※1「玉泉」: ここでは「玉泉院丸庭園」のこと
※2「幾年ぞ」: 「もう何年過ぎただろうか」の意


《2020.12月撮影・2025.12.12投稿》




【 藪巻に 古き町名の 寒さかな 】(やぶまきに ふるきまちなの さむさかな)

 金沢市内「近江町市場」から西に向かうと「十間町」と表された標柱が建っています。

 「じゅっけんまち」と読みたいところですが、説明書きには「じっけんまち」と書かれていて、金沢城の「五十間長屋」を「ごじっけんながや」と発音するのと同じ・・・。

 続いて「寛永以前からの古い町名で、当初の戸数が十軒であったことから、この名がつけられた」と刻まれていました。

 この辺りのお庭では既に「藪巻=竹や低木や植込みを風雪から守るために縄などで巻く」が施されていて、来る冬への備えがありました。

 今とは異なり、点在する10軒程度の集落・・・暴風雪や積雪量など、とても厳しい冬であったことであろうと、想像した次第です。

 現在は「証券会社ビル」「旅館」「マンション「高級ホテル」などが立ち並び多くの人の往来があるエリアとなっています。


※1「藪巻」: 文中説明のとおり
※2「寛永」: 1624年~1645年までの日本の元号(江戸時代初期の頃)


《2025.12.13撮影・投稿》




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【 冬の川 奥山白し 清めかな 】(ふゆのかわ おくやましろし きよめかな)

金沢市内を流れる大きな川、「犀川」の上流はおそらく積雪があって、その溶け水がここまで流れてきたのかな・・・。

 季節が進むと、もっともっと白くなる山並みですが、今年は市内に本格的な積雪をまだ見ていない今年の景観です。

 金沢の奥山、卯辰山、戸室山、医王山・・・沢山の山が連なります。この時期は山の様子が日に日に姿を変えて、冬の山へと変化していく様子を見ることが出来ます。

 さしずめ、年前のお祓いよろしく「清めの水」を流し、新たな春には「露払い」として清き流れと変化していくことでしょう・・・。

 室生犀星がこよなく愛した川「犀川の流れ」もそろそろ年の瀬を感じさせくれていました。


※1「冬の川」: 水量が減り、いつもよりは「細々とした流れ」の表現が当たる川の流れ
※2「奥山白し」: うっすらとした雪化粧、冬山の始まりの様子
※3「犀川」: 先に投稿の文参照


《2025.12.14撮影・投稿》






【 門閉じや 褞袍姿に 思馳せ 】(もんとじや どてらすがたに おもいはせ)

  長町武家屋敷跡界隈にある「前田土佐守家資料館」は休館でした。甲冑姿の侍が描かれた垂れ幕に外国からの観光客にとても人気のある「資料館」です。

 以前この館の紹介については当HPで詳しく紹介させていただきましたので、詳細な説明は省略しますが、前田利家の次男に端を発する家系などを詳しく紹介した資料館です。

 月曜日は、市内のあちこちに点在する文化施設や資料館の類は休館しているところが特に多く、この館も休館日となっていました。

 江戸時代の「侍」もこの時期、お休みともなれば、羽織袴と裃(かみしも)を脱いで暫し寛いでいたであろうと・・・・。

 ちなみに、「資料館」の休館を知らずに訪れた観光客の多くの方は、この写真の様な場所からの撮影を楽しまれていたようです。


※1「門閉じ」: 正門を閉めている様子
※2「褞袍」: 「どてら=丹前=大きな袖の付いた綿入れ=冬の着物」
※3「思い馳せ」: 過去や未来といった時間的・空間的に隔たりがある対象に対して深く想像し心を寄せることの意


《2025.12.15撮影・投稿》






 

【 葉落とも まだまだ赤き 梅擬 】(はおつとも まだまだ赤き うめもどき)

 雲一つない青空から急転し、強い雨が降るなど、目まぐるしいほどに変化する天候となった今日の金沢・・・暖かい国内外からの観光客の皆さんはさぞ驚かれたことでしょう・・・。

 ここ「玉泉院丸庭園」に隣接する「茶屋」の生垣に「梅擬の実」が数多く成っています。
 秋の実りの果実も終わり、枝葉がすっかり冬の装いに姿を変えた金沢城公園周辺・・・。

 この時期、特に目立っている実を見つけました。もう既に紅葉葉は落ちてしまっていて、真っ赤な実のみが残っている枝を見付けました。

 「梅擬=うめもどき」と言う名の木でした。(モチノキ科の落葉低木で、日本各地の山地に自生することでも知られていますが、庭木としても植林されています。)

初夏に薄紫の小さな花が咲いて、実は晩秋に深紅となるはず・・しかし、この時期の実でありながら、まだまだ「負けてたまるか~」といった声が聞こえてくるようで、とても元気がもらえました。。


※1「梅擬」: 文中説明のとおり
※2「玉泉院丸庭園」: 先に投稿の文参照


《2025.12.16撮影・投稿》



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2025年12月17日(水)から「その47」に移ります