<今日の一枚と一句>「その49(2026.01.14)~01.27」

【 年新た 蟹と湯の香と 宴かな 】(としあらた かにとゆのかと うたげかな)

 今年最初の温泉旅に行ってきました。加賀山代温泉に宿泊し「蟹三昧の宴」、カニ料理で考えられる全ての調理方法に関しながらの舌鼓・・・。

 身体に(湯あたりが優しい)結構な温泉に浸かり、至福の時を過ごすことが出来ました。

 写真は「山代温泉古総湯」の全景です。もう一つの「総湯」と呼ばれる浴場は、源泉100%の共同(浴場)施設です。

 開湯1300年とも言われる名湯に入り、美味しい料理とお酒を頂き、日本人に生まれて本当に良かった・・・・と。

 近くに在する神社に詣でた後、帰路について無事我が家に到着しました。温泉効果なのか、体が芯から暖まったおかげなのか、「ぽかぽか」「すべすべ」とした一日が過ごせた次第です。


※1「山代温泉」: 先に投稿の文参照
※2「古総湯」: 明治時代の温泉の共同浴場で当時の入浴方法も体験できる


《2026.01.13撮影・01.14投稿》






【 玄関に 福駒飾り 小正月 】(げんかんに ふくこまかざり こしょうがつ)

 今日は1月15日、「小正月」・・・。公的な元日の「大正月」に対して私的な正月を意味しているとか・・・。

 (陰暦では)古くから「大正月」より多くの行事が行われていたようです。

 我が家の玄関先は「松の内」が終わると「正月飾り」を片付けてしまいますが、明日十六日になると、小物を含め全てを仕舞うことにしています。

 1月20日は「頭正月」「二十日正月」「骨正月」と言われ、稲以外の作物の豊作を祈る行事が行われたと、「ものの本」に書かれていました。

 寒くて長い冬の間、農作業が本格的に始まるまでの間、稲藁や藤蔓、また竹を材料とした細工物造りに勤しんだ頃なのでしょうか・・・。


※1「福駒」: ここでは「福」と書かれた「駒=馬」のこと
※2「頭正月」: 「あたましょうがつ」は「二十日正月」異称(文中説明の通り)


《2026.01.15撮影・投稿》




【凍道を そろり歩けば 町由来 】(いてつちを そろりあるけば まちゆらい)

 今朝は久しぶりに晴れて朝の気温がかなり下がった様子・・・歩道上にはブラックアイスバーンと思われる箇所も所々にあって、そろりそろりと歩く。

 普段この場所は、自転車や車で通り過ぎてしまうエリアで、ゆっくり歩くことはなかったが、朝の「ぶらり散歩」のスピードを落としたおかげ?で、町名を示す標柱を発見しました。

 「野町=のまち 藩政の初め 松林や雑木林などの地であったが 城下町の拡大に伴い町地となったので はじめ泉野町といわれ のちに省略されてこの名で呼ばれるようになった」と、町名の由来が標柱に刻まれていました。

 バス停や電車の駅名で「野町」という文字を目にすることはありましたが、町名の由来まで気に留めたことはなかった・・・。


※1「凍道」: 「いてみち=凍った道」
※2「町地」: 江戸時代に城下町で町人が居住した区画地


《2026.01.16撮影・投稿》



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【 前田家の 家紋の寺も 餅あわい 】(まえだけの かもんのてらも 餅あわい)

 加賀藩前田家の城下町金沢には、当家の家紋「剣梅鉢」を掲げる(飾る)神社仏閣も数多くみられます。

 千手院(金沢市野町3丁目)は、長久山と号し真言宗に属するお寺で、天長年間(824年~)京都清水寺の十一面千手観世音を勧請し、鶴来(白山市)に創建したと伝わります。

 寺宝である「十一面観音」は、前田家より預かったもので当主前田利家公はこの寺を崇敬し、「末森城の合戦以来加賀藩歴代藩主の祈願所となった。」との立札(説明書き)が掲げられています。

 小正月ともなると、(例え由緒あるお寺であっても)お参りする人の数は少なくなって来ました・・。
 
 参道から拝殿に向かって左手には大小数多くの石造仏が並んでいて、新しい赤い前掛け姿が映えていました。。

 昨日の「ぶらり散歩」で発見しお参りさせていただきました。


※1「餅あわい」: 「鏡開き」から次の餅を搗くまでの間({正月餅}と{小正月餅}の間)
※2「剣梅鉢」: 前田家の家紋(先に投稿の文参照
※3「末森城の合戦」: 先に投稿の文参照


《2026.01.16撮影・01.17投稿》




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【 寒の内 やけに目に入る ゆの字かな】(かんのうち やけにめにいる ゆのじかな)

 今年の「大寒」は1月20日(火)、一年中で最も寒い日となる「二十四節気」ですが、今日18日(日)は前日を7℃も下がる気温でしたが、よく晴れて快晴でした。

 午後から金沢市と隣接する「野々市市」に買い物に出かけました。金沢市内にも「銭湯・スーパー銭湯」の類は沢山ありますが、駐車スペースが少なくて・・・・。

 写真のような大看板のある天然温泉は、広い駐車場があって、沢山の方が訪れても余裕で駐車が出来ることから、今までもよく利用しています。

 先週加賀温泉に出かけて間もないにもかかわらず、ことのほか看板の「ゆ」の文字が目についてしまいます。

 朝の8時から深夜1時まで開いている温泉施設であることから、混雑を避ける時間帯を選んで訪れ、心身共にのんびりとした時間を過ごしたいと思いました。


※1「管の内」: 「小寒」から「立春」の前日までの間
※2「大寒」: 文中説明文のとおり


《2026.01.18撮影・投稿》





【 寒鴉 身じろぎもせず 鳥衾 】(かんがらす みじろぎもせず とりぶすま)

 金沢城内は雪もなく(城の屋根が白く見えるのは「鉛瓦」の色)よく晴れてはいますがとても寒い一日となりました。明日からは警報級の寒波が襲来するとのこと。

 午前中は餌場に出向き夜は塒(ねぐら)帰巣するこの城内、体調不良なのか出遅れたのか数羽のカラスが上空を静かに飛び、橋爪門続櫓の屋根に身動きもせず、じーっととまっています。

 カラスのイメージは、群れを成して飛び「カァカァ」とよく鳴く鳥・・・・。とても静かなので少し気になりました。

 ちなみに、「鳥衾=とりふすま」は鬼瓦の上に配置される円筒状の瓦で、「襖=ふすま」とは平安時代にみられる寝具のことで、鳥の寝床を意味するとか。

 毎年この時期から2月にかけて降雪のピークを迎えますが、大きな雪害のないことを祈るばかりです。


※1「寒鴉」: 寒さの中で荒涼とした感じの鴉、「冬鴉」「凍鴉」と同じ
※2「鳥衾」: 文中説明の他、鬼瓦を鳥の糞から守る役目もあると言われる
※3「橋爪門続櫓」: 先の投稿文参照



《2026.01.19撮影・投稿》



 

【 老木の 下が陣地か 雪丸げ 】(ろうぼくの したがじんちか ゆきまろげ)

 金沢城大手門から新丸広場に入ると、大きな古桜の木があります。小さな子達の歓声が聞こえてきたので振り向くと、雪合戦に興じる姿が・・・。

 今日の朝方からの降雪・積雪はあったものの、数センチ程度で、所によっては地肌が見えていましたが、小さな手で雪を丸めて玉を作る役、投げる役が決められている様子・・・。

 しばらくすると、手が冷たくなったのか?雪弾が当たって痛かったのか?一人が泣き始めてしまったところで休戦・・・。

 この時期にしか見られない一幕でした。櫓を望む新丸広場から見える周りの木々には、付着した雪がまるで一斉に花を咲かせたようで、とても綺麗な景色でした。


※1「雪丸げ」: 雪を丸めて「雪だるま」や「雪合戦」の「雪玉」を作ることをいう
※2「大手門」: 先に投稿の文参照


《2026.01.20撮影・投稿》






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【 久女忌や 武家の屋敷の 静かなり 】(ひさじょきや ぶけのやしきの しずかなり)

 今日21日は、女流俳人の先駆者「杉田久女」の忌日・・・。本名は「杉田久」といい、高浜虚子に師事し近代俳句における最初期の女流俳人とされる。

 彼女の没後80年を偲ぶ法要が北九州市ゆかりの寺で営まれたことを伝えるニュースを目にしました。

 数々の俳句作品を残していますが、今の時期に詠んだと思われる句、「松とれし 町の雨来て 初句会」など・・・・。 

 今日の金沢は「嵐の前の静けさ」なのか、寒い中ではあるが時折陽もさす時間もあって、昨夜からの雪は解けてしまいました。

 正月20日も過ぎ、週半ばの観光スポットの人出は少なく、屋敷門はしかり閉じられていて寂しく感じます。

 予報では、今晩から数日間もの間記録的な降雪・積雪が報じられています。

 「長町武家屋敷跡」界隈の小路は「融雪装置」が敷設されていて、よほどの降雪がない限り歩行困難とはなりませんが、気になるところです。


※1「長町武家屋敷跡」: 先に投稿の文参照
※2「融雪装置」: 降雪時に道路上に散水することで雪を解かす装置(地下水や川水を利用する



《2026.01.21撮影・投稿》







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【 松ヶ枝の なんとかしまし 寒すずめ 】(まつがえの なんとかしまし かんすずめ)

 金沢市内高岡町付近に、「松ヶ枝町」という旧町名があります。(同名の付された緑地や福祉関係施設もある)

 金沢駅~武蔵~下堤町~尾山町~香林坊と続く道路の両側には銀行、証券会社など金融機関の大きなビル群が立ち並んでいます。

 大通りを一本逸れると、料亭や閑静な住宅街となっており、立派な邸宅の塀囲い等からは、(松の木などに施された)「雪吊り」姿がのぞきます。

 市内の積雪量は21cmと発表され、木々の枝には重そうな雪が積っていますが、昨夕からの「大雪警報」も一旦解除されて一段落、晴れて少し溶け始めました。

 この枝には数羽の雀がとまっていて「ピーチクパーチク」どんな会話内容なのか気になりましたが、しばらくすると一斉に飛び立っていきました。

 その際、枝が大きく揺れ、沢山の雪が「バサバサ」と落ちて・・・。(飛ぶ鳥 跡を濁して?)

特に今の季節の雀は、寒気を防ぐためか羽毛を膨らませていてとても可愛い姿に見えます。


※1「松ヶ枝」: 町名の「松ヶ枝(町名)」と「松の枝」をかけて詠みました
※2「かしまし」: (耳障りになるほど)「やかましい」「うるさい」の意
※3「寒雀」: 「冬雀」「ふくら雀」「凍雀」とも


《2026.01.22撮影・投稿》








【 とうとうと 用水流し 水烟る 】(とうとうと ようすいながし みずけむる)

 西茶屋街の近くを流れる用水「泉用水=いずみようすい」は、この時期には「雪捨て場」と化します。しかし、捨てる量が多くなりすぎると溢れることになるため注意が必要ですが、この程度の降雪なら大丈夫?なのでしょうか・・・・。

 朝が早かったためか、まだ人の歩いた足跡も少なく、また雪捨てもされていなかったことから、いつもより水の流れ方がスムーズだと感じました。・・・。

 用水脇の歩道は、最寄りの電車駅「野町」を降りてから市内各所に向かう方面別バスに乗り換える通勤客も多い所です。

 雪の花で満開の「桜の木」春の準備には少し早いのか、それとも・・・・。


※1「とうとう」: 水が留まることなく流れる様
※2「水烟る」: 外気が冷たいため水から湯気めいたものがたつこと(冬の季語)


《2026.01.23撮影・投稿》




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【 江戸までを 示す里程に 冬椿 】(えどまでを しめすりていに ふゆつばき)

金沢市内橋場町のT字路(交差点)に「石川県里程元標」が設置されています。石川県から各地に向かう出発点であった場所に、明治政府により各府県からの距離を測定するための起点として建てられたという石標があります。((明治6年(1873)に設置))

ここから江戸へ、大坂へと旅立つ際に目安となる距離を測るための起点となったとか・・・・。

 直ぐ傍には「枯木橋」や「金沢文芸館」の建物があり、また、ひがし茶屋街に向かう交差点でもあることから、多くの人が行き交う場所に設置されたのかと・・・。

 今冬の雪による被害が全国のあちこちから届き、「不要不急の外出を避けるように」との広報が発せられる中、その傍らに逞しく咲く「冬椿」の赤がとても眩しく見えました。


※1「里程」: 文中記載の通り
※2「冬椿」: 冬に咲く椿の総称(茶人好み)季語: 冬


《2026.01.23撮影・01.24投稿》








【 灯篭や 冬将軍に 兜かな 】(とうろうや ふゆしょうぐんに かぶとかな)

 兼六園でも数年に一度となる大雪、しかし入園者数は多く、発券機や入園口(ゲート)には多くの人が並び、行列が途切れることはありませんでした。

 人気スポットの「琴柱灯籠=ことじどうろう」を背にした写真撮影のための行列も長く続いていました。

 少し陽が射して枝に積った雪が頭上に落ちてきて、「帽子」や「傘」で覆わないと、とても危険な場所・場面もあります。

 「唐崎の松」の説明書き「立て看板」の位置までは進むことが出来ず、少し手前の場所にて撮影することを余儀なくされて・・・・。

 燈籠の上には積った雪がまるで「兜」、また全体像としては、槍や鉄砲を持った侍のようにも見えて・・・撮影した写真を拡大してみると、少し滑稽な風にも見えてきました。

 訪れた方の9割は外国人となる様子、雪の降らない国から来らたのか、とにかく楽しくて仕方がない!!と話す笑顔が素敵でした。


※1「灯籠(琴柱灯籠)」: 兼六園のシンボル的な灯籠=先の投稿文参照
※2「兜」: 戦いのとき身に着ける武具(頭部等の保護)
※3「唐崎の松」: 先の投稿文参照


《2026.01.25撮影・投稿》




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【 痩せ細り やがてなくなる 氷柱かな 】(やせほそり やがておつるは つららかな)

 金沢の積雪は64cmとなり六時間の積雪量37センチは史上1位の記録とか・・・。今日はひと段落したのか、時々ちらつく程度で積雪量が増えることはないようです。

 昨晩からの屋根雪は、少し緩んだ気温によって溶けて「つらら」になって下がっています。
 さほど大きくはない「氷柱」で、よく見ると先が少し外側に曲がった形に見えます。

 「旧北國街道」沿いにある「酒屋」の看板を照らすライトの熱による仕業か?他の家の軒先に下がった「氷柱」より少し細く小さいように思います。

 朝8時過ぎに撮影しましたが、おそらく夕方には溶けてしまうか、落ちてしまいそうです。

 週始まりの月曜日、市内各地で渋滞がみられ、また、駐車場の除雪作業をしてからの入車にも相当の時間と体力を使ったことでしょう・・・・。


※1「氷柱」: 建物の軒下などから水滴が垂れて棒状に伸びた氷
※2「旧北國街道」: 先に投稿の文参照



《2026.01.26撮影・投稿》





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【 今昔 旅団に人の 冬舘 】(いまむかし りょだんにひとの ふゆやかた)

 雪が降りしきり、ゴム長靴の丈をはるかに超えて積った雪、金沢城の北西方向に残る「旧第六旅団司令部」が切手門の奥に霞んで見えます。

 旧日本陸軍の部隊組織のひとつで、師団クラスの下に区分され、2000人~5000人を少将クラスの人が統括していたとか・・・。

 今は県に所属する団体の会議室などに使用されており、冷暖房施設も供えられていますが、明治・昭和の頃の厳冬期にはどのように過ごしていたのでしょうか・・・。

 まだ通路として確保できるような除雪はされてなくて、人が歩いてできた程度の線が館方向へと続いていました。

 この風景を見て当時の様子に思いを馳せた次第です。


※1「今昔」: 今と昔の意「今昔=こんじゃく=こんせき」とも
※2「旅団」: 「第六旅団司令部」の意
※3「冬舘」: 普通の小さな家ではなく古い洋館や由緒ある建物の意(三冬:冬の季語)
※4「切手門」: 先に投稿の文参照


《2026.01.25撮影・01.27投稿》




2026年1月28日(水)から「その50」に移ります